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2013.02.07,Thu
2月3,4日で大阪に行ってきました。

目当ては中津シカクにて開催中の『香山哲の赤青3Dおばけ展』と、かねてから行きたいと思っていた国立民族学博物館。加えて文房具店や古書店、観光スポット巡りをしました。つまりいつもの散歩を大阪でやっただけなんだけど、平時はどうしても「買い物」になってしまいがちな散歩を、純粋な「散歩」として経験できた感じで凄く良かったです。

生活にはある程度イレギュラーなものを摂取することが必要なんだけど、良くも悪くも日々の行動は最適化されていくものなので、長い時間同じような暮らしをしているとイレギュラーなものに遭遇する機会が減ります。だから年に数回程度、日常が硬化しているなと感じた時に普段やらないことに挑戦してみたりします。今回は長距離移動がそれでした。

哲先生の作品には魅力が沢山ありますが、その内のひとつが、あたかも作品と「掛け合い」できるような感覚を味わえるということです。見る主体としての自分と見られる客体としての作品との間で、何か有機的なやり取りを交わすことが可能なように感じられます。加えて主客の間の距離感が絶妙に設定されており、たとえば一見主張が多いような作品であっても自由に解釈する余地がこちらには残されていたりします。この要素もまた当意即妙な掛け合いの体験に大きく貢献している気がします。

ただ単にやり取りを交わすだけでは掛け合いは成立しません。仮に自分と全く同じ思考をする人との会話というのがあるとすると、そこにはイレギュラーが発生せず、きわめて予定調和的にシナリオをなぞるだけになります。考え方だとか視点だとか、そういったものが自分と相手とで異なっているからこそ、単に情報が移動するだけではなくその情報が互いを変容させあうような掛け合いになるのだと思います。

イレギュラーを提示するためには、それ以前にレギュラー(らしいもの)を与えておく必要があります。ある法則における例外を先に述べないのと同様に、対概念を対概念として機能させるためです。日常の世界に生きているからこそ「おばけが見える空間」は異世界となります。そして哲先生は、作品世界の中でも、レギュラーとイレギュラーの提示を繰り返します。その繰り返しを最後まで眺めることでどちらが表でどちらが裏なのかが判明するかというと、そういうことはなく、よりいっそう表裏が分からなくなります。しかしこの応酬を目で追っていると、まるで「チョウのように舞い、ハチのように刺す」モハメド・アリの術中にはまったかのように、いつの間にか作品世界に引き込まれているのです。

考えてみれば、表裏というのは本来「こっちを表と呼ぶことにするよ」「じゃあこっちは裏だね」という程度のものだから、これに優劣をつけようと試みてもどこかで無理が生じます。レギュラー・イレギュラーの関係も同様で、どっちが正統とか異端とか、そういうものは視点次第であるわけです。哲先生の作品は全体としてはイレギュラーでありながら、こうした視点を無効化するような仕掛けが随所に施されているから、見る主体に思考を促すための作用を、つまり掛け合いをもたらすのかなと思いました。

イレギュラーを積極的に受け入れることが今回の旅行のテーマだったんだけど、それを十分に達成した上でさらに大きな発見もあったので、本当に行って良かったなと思っています。また、色々な方と話を出来て楽しかったですし、アシタモ先生にはサインまでいただいてしまって嬉しかったです。ありがとうございました。

民族学博物館の話はまた今度にします。
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