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2013.02.21,Thu
プレステ3を買いあぐねているうちに、今日、プレステ4が発表された。

最新のハード、ソフトを追い続けようとしていた時もあったけど、いまやゲーム情勢にすっかり疎くなった。「○○シリーズの続編!」とか言われたって、その「○○」自体をよく知らないということが多々あるし、ソフトラインナップを見てもどうも食指が動かない。ゲームは今でも好きだから、歳とともにゲーム離れし始めたというよりはメーカーの販売ターゲットから外れてきたんだろうなと思う。

「ゲームへの没入感」を高めるというのは、かねてよりメーカーが挑戦してきたことのひとつだと思う。これには、現実世界のプレイヤーとゲーム世界のプレイヤーが一体になるような錯覚を起こすことが必要なんだけど、昔のゲームにおいては現実側からゲーム側にアプローチしていたのに対し、最近のゲームではゲーム側からこちら側ににじり寄ってくるような感覚がある。これがちょっと苦手だ。

RPG、とりわけJRPGを語る上でよく話題になる主人公像の変化というのも、この感覚を引き起こす一因になっている。ドラクエの無口な主人公のような、何でも入る透明な容器としての主人公と、FFの主人公のような、緻密なキャラクター設定がなされている人間としての主人公。個人的には前者のタイプの方が好きだ。というのは、人間劇を見ることなら読書とか映画鑑賞のようなゲーム以外のものでも出来るからで、こちらから主体的に関わることが可能なゲーム独特の主人公としては、前者の方が良いなと思ってのこと。それに伴ってフリーシナリオ制のゲームが好みだったりするんだけど、風当たりはちょっと強いかなという感じ。

主人公像の変化以上に大きいのが、ゲームへのお金の払い方の変化。かつては5000円とか10000円とかでソフトを買いさえすればそれ以上お金を気にする必要はなかったけど、いまではアドオンが用意されているタイプのゲームが増え、たえず課金を要求してくる。それも直接的に「金を出せ!」と言ってくるわけじゃなく、たとえば行動するのに体力を消費するゲームで「体力の自然回復に長い時間が必要」とか、そういう形で。僕がゲームに求めているのははっきり言えば「現実逃避」なので、いちいち現実に関わってこようとするこうした要求をうるさく思ってしまう。

商業的には、自分みたいな金払いの悪い人間をターゲットにしても面白くないというのは分かる。けど、そういうゲームばかりが跋扈するようになったら、ゲームはゲームでなく、単なる現実の延長になってしまう。だからといって僕の望んでいるようなタイプのゲームばかりになってほしいというわけでもないし、うまく棲み分けが出来ればいいなと思う。
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