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2016.11.07,Mon
デレステのカードには、時期を問わずいつでも(確率次第で)手に入るカードと、期間限定でしか手に入らないカードとがある。

現在「期間限定のガシャ」でSSレアの高森藍子さんのカードが手に入る。ただでさえ低いSSレアの目を引き、その上で「[あたたかな居場所]高森藍子」が抽選された場合には、だ。

個人的に、このカードはとても欲しい。レアリティが高いからではなく、カードのパラメータが高いからでも、期間限定だからでもない。「高森藍子さんのカードだから」に尽きる。

というのも、各カードには「そのカード固有のセリフテキスト」が用意されているから、このテキストを得ることがすなわちキャラクターを知るための手掛かりになるわけで、その点においてこそ、カードが重要なのだ。つまり、高森藍子さんについてもっと知るために「たまたま期間限定のSSレアとして実装された」今回のカードが欲しい。

高森藍子さんを含む6人のキャラクターについて、所持しているカードの全セリフテキストを記録しつつ、自分なりの解釈を試みている。なにせセリフテキストは貴重な公式による見解を表すものだから、愚直にこれへ向き合うことが、最も正確に……というより「誤解なく」、キャラクターを理解することへ繋がると思っている。

早い話、高森藍子さんたちをメインに据えた漫画などを描いてみたい気持ちを持っていて、その資料集めである。



しかしながら、ひとくちに資料集めと言っても、情報を集積し、それを分析するだけでは足りないと認識している。

たとえば「頭の良いキャラクター」を描きたい場合に、描き手が具体的に表現できる「キャラクターの頭の良さ」の上限は「描き手自身の頭の良さ」によって決まると思う。バトルもの漫画で、あるキャラクターが知略を発揮した戦術で相手を手玉に取るさまを描きたいなら、その戦術を考えなければならないのは描き手自身だ。

同様に、描き手が具体的に表現できる「高森藍子さんらしさ」の上限は、「描き手自身の高森藍子さんらしさ」に基づくだろうし、より「高森藍子さんらしく」描きたいなら、高森藍子さんらしい思考や行動、セリフ回しを描き手自身が思いつかなくてはならない。

だから必要なのは、高森藍子さん「を」見ることではなく、高森藍子さん「として」見ることだと思う。資料集めを通じて、高森藍子さんの視点を導入をするのである。僕自身が「高森藍子さんらしく」なっていこうと努めることで、結果的に「高森藍子さんらしさ」の表現力を引き上げるはずだ。これは裏返せば、僕自身が「高森藍子さんらしさ」を欲しているとも言い換えられるかもしれない。

ちなみに資料集めをしている残りの5人は斉藤洋子・相葉夕美・並木芽衣子・高垣楓・乙倉悠貴だ(敬称略)。全員を自分の理想を映し出す鏡として捉えると、なんとなく分かるような気もする。もちろん当てはまらない部分もあるけど。



今回の期間限定ガシャ、確率的に引ける見込みが薄いのは承知しつつ、やはり入手したい気持ちも強く、貯まっていたジュエルで10連*3を回し、プラス、景気づけの意味合いも込めて10連*4ぶんのジュエルを買って回した。けどやはり出なかった。

計70連を回した後、一瞬「期間限定なんだし、出るまでとは言わないにしろもう少し回してみるべきでは」とも思った。だけど、「こういう短絡的で享楽的なお金の使い方を、高森藍子さんはきっと潔しとしないだろうな」という考えが脳裏をよぎり、やめた。
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