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2017.02.17,Fri
ウッウッ、もうほとんど春ですね。「冬を返せ!!!」って叫びながら泣いてる。泣いてない。


引っ越しに向けて諸々を進めている。兵庫の山あいに引っ越すつもりで、こないだは物件の内覧に行ってきた。

夜行の高速バスによる東京との往復は、やや厳しかった。あんまり交通費を出せなかったゆえに夜行の高速バスを選択したんだけど、車内がぎゅうぎゅう詰めで(4列シートだったためでもある)余裕が無く、なにより閉めきったカーテンで窓の外を見られないのがつらい。

べつに景色は見られなくても構わないから、並走している他の車とか、そういうのでも見ていたい。でないと「いま、移動している」という実感がない。消灯しちゃうから本を読んだりタブレットをいじったりも出来ないし、ほとんど必然的に眠ることになる。

「池袋で乗り、眠っていたら着いた」という点で、東上線直通の有楽町線や副都心線で寝過ごして新河岸などに着いてしまうのと同じ感覚で、いつのまにか三宮に到着した。いつのまにかと言っても相当長く感じたけど。500キロ以上の道程が「いつのまにか」で終わってしまうのは何だか味気ない。


散歩と読書は似ている、と思ったことがある。足を動かすか、ページを繰るかという違いこそあれ、どちらも情報との連続的な邂逅だ。考え事をする際に外をぶらぶら出歩くという人は多いし(僕もそのひとりだ)、たとえば京都には西田幾多郎らが好んだといわれる「哲学の道」なんてものもあったりする。散歩でも読書でも、道程にて出くわす情報たちが触媒となり面白い反応を得られることがあって、それは散歩や読書の魅力というか、醍醐味のひとつだと思う。

電車やバスでの移動は、自分が足を動かさなくとも景色が変わっていくから読書というよりは映画鑑賞とかに近いんだけど、ともかく、あれも情報との連続的な邂逅といえる。だから青春18きっぷでの鈍行はとても楽しいし、長時間の移動でも、ひとが言うほどつらいとは感じない。それに比べて夜行の高速バスは、同じ光景・同じページだけを長時間にわたって見続けるという体験なので、かなり修行っぽい。

とはいえ長距離を安く移動できることは事実なので、移動することそれ自体が目的でない、単なる移動の際にはこれからも使う機会があるかもしれない。とりあえず、次回があるとしたら多少割高になっても3列独立シートのバスを利用しようと思った。座席を広くして、修行レベルをハードからノーマルくらいには変えたい。


きょうは図書館で分類記号75、すなわち「工芸」の書架で本を探していたら、6歳くらいだろうか、やんちゃそうな男の子が近くにやってきた。小脇には子ども向けのミステリー小説(?)とサッカーの本を抱えていた。男の子も僕と同じく「工芸」の書架をじっと眺め始めたので、心のなかで「うんうん、そうやって自分の興味が湧いたものを何でも好きに楽しんだらいいよ」と念じた。焼き物かな、染め物かな、それとも木工かな、いったい何を読むんだろうとちょっと気にしながら見ていたら、男の子は折り紙の本を手にして満足そうに去っていった。なるほど、と思った。
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